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千文字屋

約1,000字で読書感想文(ほぼ毎週更新)

DQN義経のこと・町田康『ギケイキ』

 

ギケイキ:千年の流転

ギケイキ:千年の流転

 

 「平家マジでいってこます」
 帯の惹句である。まずこれに痺れた。それで買った。読んだ。
「『ギケイキ』(全4巻刊行予定)は雑誌「文藝」にて連載中です」
 全然知らんかった。途中、半分ぐらいまで読んだところで武蔵坊弁慶が鬼若として登場し、彼の出生出自が丁寧に丁寧に描かれているところで嫌な予感はしていたのだが、雑誌連載中のシリーズものの第一巻だったのか。それならそうと、巻数表記ぐらいはしてくれよ河出書房新社さん。
 ともあれ。
町田康訳の『義経記』」=『ギケイキ』である。源九郎判官義経さんの話である。そんなの面白くないわけがないじゃないか、という当方の期待は見事に裏切られなかった。だいたいからして「かつてハルク・ホーガンという人気レスラーが〜」という一文から始まる『義経記』なぞ、町田康にしか書けないだろう。
 おおよそ生まれの高貴なDQNでしかない九郎さんの「平家マジでいってこます」スピリットが、独特の町田節で描かれる。……まあそんな小説です。とにかく九郎さん(及びその周辺人物)が乱暴。すぐに犯すし、すぐに殺す。滅茶苦茶なことしかしない。では町田康が、自分のノリに合わせて適当にセンセーショナルな歴史人物をでっちあげているのか?
 それは……違う。
 2012年の大河ドラマ平清盛』は、最新の史学研究を元にリアリティを追求した結果、一部の視聴者から「汚い」と酷評された。平安期を題材にしたフィクションは「美しく雅びでなければならない」と先入観を持ってしまうから、そういった意見が出てくるのだろう。しかし実際のところ、美しく雅びな平安時代は一部の一部、ほんのごく一部の特権富裕層だけのものであるし、そもそも源平がしのぎを削った治承寿永の頃には特権富裕層は腐敗し、それ以外のヒトやモノやココロは荒廃しきっている。
 だから、である。この『ギケイキ』で描かれる無茶者DQNの九郎さんは、逆にリアリティのある存在なのではないかと読めるのだ。著者が、どこまでその方面(エキセントリックなキャラクターを描くことで、逆説的に史的リアリティを持たせること)を意識して執筆されているのかはわからない。実は何も考えずに、本能の赴くまま書かれているのかもしれない。いや、そんなことはさすがにないか。兎にも角にも、限りなく手荒なアプローチで新生させられた国民的英雄が、どんな鵯越を、屋島を、壇ノ浦を戦うのか……楽しみでならない。